「二十五、二十一」結末に関するレビュー(最終話終了後)

韓国在住KdramaライターMisa
「二十五、二十一」最終話まで視聴後の結末に関するレビューです。(完全ネタバレありなので、最後まで視聴済みの方向けの記事です)

「二十五、二十一」最終話放送を終えて

2022年4月3日、ついに「二十五、二十一」が最終話を迎えました。あれから2週間以上経ちましたが、「まだロスから抜け出せない…」という方もいるかもしれません(笑)

私も、最終話を観た後は、案の定眠れず、しばらく、もやもやを引きずりました(笑)

14話の放送終了後に、こちらのレビューを書いたことで、放送終了後のレビューを待っていた方も多かったのですが、

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なかなか時間が取れずに、おまたせしました…!><

「二十五、二十一」については、語りたいことがとても多いのですが、今回はまず、15話・16話についての個人的な感想と、大変なことになっていた韓国国内での視聴者の反応あたりを中心に紹介したいと思います。

なお、主に「もやもやしてしまった」「どう消化してよいかわからない」という方向けの内容です。

「最終話、自分は満足した!」という方には、逆にもやもやさせてしまう内容になるかもしれないので、ご覧にならないことをおすすめします(笑)
(*以前も、最終話が物議を醸した某ドラマの記事で、「自分は満足だった」という方から反論コメントを色々いただいたのですが…あくまで個人の感想であり、これが正しいと主張するものではないので、ご理解くださいませ…。)

「二十五、二十一」15話・16話の感想

いや〜、このドラマは私にとってまさに「青春の思い出」のような作品になってしまいました(笑)

楽しかった時間を思い出すとキュンとして、癒やされて、美しくて…でも、最後まで観てしまった今は、苦い思い出も加わって、あの純粋な気持ちには戻れない…人を惑わせる悪いやつなんだけど憎めない…好きだけど嫌い…みたいな、そんな複雑な感じ(笑)

二人のオフショット、最高ですね…!

実は、16話の最後の30分ぐらいまで(スンワンのお父さんのお葬式あたり)、ハッピーエンドになるんだろうなと思って観ていたので、まさか、二人が別れたままとは、まさか、ミンチェの父親が明かされないままで終わるとは思いもせず。

でもね、決してハッピーエンドじゃなかったから不満だったわけではないのです。(ここ重要!)

個人的にはサッドエンド、開かれた結末も結構好きなんですよ…。

ここからは、自分が納得いかなかった理由を3つのポイントに分けて整理してみたいと思います。

①キャラクターの一貫性

15話、16話の展開で一番違和感があったのは、キャラクターの一貫性が崩れてしまったように感じたことでした。

まず一番は、ヒドのそれまでのはつらつでサバサバしたキャラクターに反して、イジンに対する別れた後の感情が、非常に曖昧で単に「青春の思い出」にしては、未練が大いに残っている感じの演出がなされたことです。

もちろん、別れたとしても、離れていても、いつまでも応援したいような特別な存在であるのはわかります。

ただ、それはやはり「未練がある」という感情とは区別された形で演出しなければなかったはず…。

結末を知った後に各シーンを振り返ってみると、さらに違和感が拭えません。。

ここでイジンを愛おしそうに観るヒドの表情や

41歳のヒドが、イジンの名前が出ただけでショックそうな表情をした4話のこのシーン。

いや、最終的にあのメッセージにするんだったら、監督はこの演技にOK出してはいけなかったのでは??

さらに、41歳のヒドの工場の名前が「2521」なのも、未練たらたら…と捉えられてもおかしくありません。

また、41歳のヒドが、「あの修学旅行を覚えてない」と言ったはずなのに、急に最後、青春の話をし始めるのも、どうもすっと入ってこず…。(そうするなら「覚えてないわ」発言はいらなかった気が…)

15、16話に関しては、キム・テリが演じたヒドも、それまでのキャラと一貫性がないように感じる展開が多くありました。

特に、あんなにフェンシング&イジン一筋だったヒドが、わざわざ、現役バリバリの20代に他の男性と結婚して出産までする?ということ。
私が、14話の時点で「ミンチェの父はイジン以外ありえない」と思った理由が、これ↑だったからです。

ただ、今となっては、そもそも「ミンチェの歳から逆算すると、2つめと3つめの金メダルの途中に出産したことになる」というところまで、脚本家は細かく考えていなかったのかもしれません…。(途中でミンチェを出産したという説明もなかったし…)

そして、あんなに、はつらつだったヒドが、結婚後は急に「離婚より婚約破棄が簡単よ」なんていうキャラになるし…。

最後あのメッセージにするのであれば、「結局別れたけど、今はそれぞれの人生を幸せに生きている」という今を描かなければいけなかったのでは…?と思うのです。

しかし実際は、なんだかあの頃の輝きを失い、一方で未練タラタラで、どこか人生に疲れたようなキャラクターに変わってしまった感じが、とても残念でした。

それに加えてさらに、41歳のヒドをキム・テリとはギャップのある俳優が演じたことも、それに輪をかけたように思います…。

現在のヒドが幸せそうに見えないことで、いくら最後に美しい青春の思い出について語られても、いまいち説得力がなく、全然頭に入ってこなかったのです。

ただここは、俳優の演技というより、変に結末を最後までわからなくしようとしたしかけのせいで、大事なところが見えにくくなってしまったというか…イジンとの想い出に対するヒドの感情をうまく整理しないまま表現させた、脚本と演出の問題のように感じました。

あんなに正義感が強く、世の中を達観しているようなスンワンが、結局、みんなのあこがれの就職先=テレビ局のADになっていたのも残念(政治家とか人権弁護士にでもなるかと思ったけど。。)

あれだけ14話で時間を割いて、ロシアへの帰化を描いたユリムが、あんなにあっさり帰国して、韓国で成功したのもなんだか拍子抜け…

こっちの初恋&遠距離は実るのに、ヒドとイジンはダメなの〜!?と思った方、多かったんじゃないでしょうか(笑)

②「思わせぶり」な仕掛け

そして、ここまで考えてみると、「現在と過去の設定いらなかったのでは?」という気持ちになるのです。少なくとも、ヒドの娘であるミンチェが語る設定や、ミンチェの父を匂わせるシーンは要らなかったのではないかなと。

というのもやはり、この作品が「応答せよ」シリーズをモチーフとして、似たような仕掛けでヒットを狙おうとした意図が透けて見えてならないからです。
(*「応答せよ」シリーズでも、現在から過去を振り返るスタイルで、「主人公の旦那は誰か?」を考えさせることで視聴者を夢中にさせました)

左が「二十五、二十一」、右が「応答せよ1994」(2013年)のポスター。

もちろん、今回は、私たち視聴者が「制作陣が思っている以上にフカヨミしてしまった」ということは多いにあるでしょう。

しかし、最近は、視聴者のフカヨミが加速すること=ヒットの証であり、作り手はそれを踏まえた上で視聴者を納得させる必要があります。

「二十五、二十一」では、最終的に「作り手の意図と、視聴者の視点が噛み合ってなかった」という結果になってしまいました。

ただ、視聴者のフカヨミがすべて妄想だったのか?というと、そうでもありません。

前回の結末予想で説明した、ニュース中継場面での「アッパー」という子どもの声のように、視聴者が「これはイジンが父親であることを暗示する演出だ」と感じた部分が多々ありました。

ミンチェがいた旧・ヒドの部屋に、イジンの家にあったはずの小物が写り込んでいたこと。

「イジンが養子で元の名前に改名する」という説も、なぜかイジンの父親が長男のイジンではなく、弟の名前で会社を作っていたこと。養子であることを匂わせるようなイジンとイジン父との会話。

そして、3話で写り込んだ新聞に、親子の相続に関する記事が書かれていたことなどが繋がり、視聴者の間で可能性が高い説として最後まで信じられていました。

また、このポスターで、新聞記事の上にヒドが居るバージョン(右)では、

記事の記者の名前が「キム・ドヒ(김도희)」と書かれている(黄色で囲ったところ)ことも話題になりました。

左のイジンが居るバージョンでは、手帳っぽいのでこれを書いているのはヒド。そうすると、右の記事を書いているキム・ドヒ=イジン=イジンは改名する、という根拠になっていたのです。(これはさすがに、拡大してもよく見えなかった…笑)

これらがもし、全く意図してないものだったとしたら、それはあまりにも視聴者の細かさを見くびったツメの甘い演出だと言わざるを得ないし、意図していたとしてたらあまりにも「思わせぶり」なものです。

今となってはどこまで意図していたのかは、闇の中ですが、結果的にこういった仕掛けのほうに視聴者が夢中になってしまったせいで、作品が本来伝えたかったメッセージが全然伝わらないという結果になってしまいました。

一人だけ目をつぶるナム・ジュヒョク…笑

一方、15話、16話については「視聴者の反発を受けて、大幅に編集を変えたのかな?」と思うような箇所もありました。

具体的には「”ミンチェの父に関する描写を一切なくす”という編集が施されたのではないかな?」と感じたのです。

実際、韓国では放送後に、「”幼い頃のミンチェを父親が幼稚園バスに乗せる”というシーンが、じつは夏頃に撮影されていた」とする、関係者がSNSに投稿した写真が話題になりました。

ミンチェ父を演じた俳優の後ろ姿…誰…!?(少なくとも期待されたコン・ユではなさそう 笑)

また、私が最後の最後の瞬間まで「イジン改名説」を信じてしまった、この葬式でイジンが記帳するシーン。

ここでわざとイジンが書いた名前を映さなかったのは、後から振り返ると「視聴者のフカヨミを知っていて、あえてそれを否定しない形=名前を見せない形に編集したのでは?」と感じました。(←いや、またこれがフカヨミなんですけどね 笑)

つまり、視聴者の反発を少なくするために、編集でできる限りの範囲で、ミンチェの父親については「オープンエンディング風=誰なのかは想像におまかせします」的な感じにアレンジしたのではないのかなと。

最後のほうのメッセージが、なんだかすっと入ってこなかったのも、こうした予定と違った編集のせいなのかも…と思いました。

はあ、一旦、このオフショットに癒やされましょう…(笑)

③エンディングシーンまでの流れ

ここで改めて、この作品が何を伝えたかったのか?について整理してみます。

結果的にはこのドラマは、美しい初恋、何でも手に入れられると思っていた若さ、友情や悩み、時代の波に翻弄されたあの日、家族の絆…すべてを含めた「青春の思い出」の美しさと儚さを描きたかったというのが主題でしょう。なのでロマンスドラマというより、青春ドラマなのだと思います。

メインとなった青春の日々の描き方自体は、20年も前を描いているのに古臭くなく、まさに私たちそれぞれに「美しい青春の日々」を思い出させてくれるような素敵な描写が多くありました。

青春をテーマにしたこれまでの作品と比べても、その描き方がとてもエモーショナルで、新鮮だったため、ここまで私たちが夢中になったのだと思います。

また、結末の予測の記事にも書きましたが、特にイジンとヒドの恋については、

あなたがどこに居ても、私の応援を届けてあげる

というポスターのフレーズが表しているように、単なる異性として好きという感情だけではない「存在だけでも癒やしてくれる、勇気づけてくれる人」という愛の深さを丁寧に描いた点が、これまでのラブロマンスから一歩踏み込んだ表現で、感動を誘いました。

最後のトンネルシーンはまさに、それを最後にもう一度視聴者に伝えようとしたのでしょう。

ヒド「あなたは存在だけで、私を癒やしてくれた」「一緒にいるだけで、全てが完璧だった」
イジン「2人でいると何もなくてもすべてを手に入れた気分だった」「お前の愛のおかげで 俺の人生がありえないほど輝いたよ」

そして、お互いに感謝をして別れる二人。

ここで41歳のヒドのナレーションが入ります。

すべてが手に入ると信じていた
愛も友情も手に入れたと錯覚してた

それが、ダイアリーを落とした瞬間、キム・テリの声に変わり…

振り返ると全てが試行錯誤の日々
永遠だと言いはった瞬間 私はその錯覚が好きだった
それでも手に入れたものが一つあった
あの年の夏は 私たちのものだった
おわり…。
最後は、このドラマがずっと伝えようとしてきたことが、改めて繰り返して表現され、私たちの胸を締め付けた美しいシーンの数々がフラッシュバックしましたが…
この時、私はずーっと頭の中に???を浮かべながら、目を細めて観ていました(笑)
(↓その時の気持ち)
いやいやいや、ちょっとまってw なんか雰囲気でうまくまとめた風だけど…。なんだこれはw
トンネルのナム・ジュヒョクと、キム・テリの演技が素晴らしいのに、全然頭に入ってこないほど、構成に納得がいかず…。(雰囲気では騙されない・細かい事の辻褄が気になってしまうタイプw)
いま、落ち着いてもう一度見返してみると…
エンディングに関しては、やはり「別れの瞬間を後悔している」というくだりが余計だったのではないかと思います。
特に、このトンネルシーンが始まる前の、ダイアリーを久々に見た41歳のヒドが「忘れてた後悔が押し寄せた 修正したかった別れの瞬間」というセリフがとても違和感がありました。

ダイアリーに書いた内容を、実際にイジンに直接伝えられなかった後悔は理解できますが…。

でも、その前の実際の別れのシーン=バス停のシーンで「きれいに別れた風」に描いた後だと、このトンネルシーンの意味がぼやけてしまうというか…。
「別れの瞬間を後悔している」という話を入れることで、急にロマンス色が強くなってしまうというか、「青春のほろ苦さ」を超えてしまう感じがするのです。

それだったらまだ、単純にダイアリーを観て、イジンとの恋愛や別れを思い出した…という感じの演出のほうが、このシーンはすっと入ってきます。(後悔云々は言わずに…)

青春の思い出のほろ苦い部分=「後悔の残る初恋の人との別れ」としてしまうと、「青春」というより「初恋」の話になって、メッセージが濁ってしまうので…。

結局ここもやはり、「イジンとの別れ」が41歳のヒドにとって、消化されているのか、されていないのか…そのあたりが曖昧という問題につながります。

逆に、「青春の思い出」が今の自分を支えていることを強調するなら、ヒドが結婚している設定、少なくとも子どもがいる設定を抜いて、「離れているけど、今もお互いを想っている」という描き方にする方法もあったでしょう。
結局、このドラマが伝えようとした青春の話は、10話に凝縮されていたし、

ヒドとイジンの関係性ついては、こちらも神回の9話で丁寧に表現されていたと思います。

なので、物語を通じて伝えたいことは最後までブレていないのですが、やはり問題は、現代のヒドの設定=イジンと別れた後のヒドがそれをどのように消化したのか。そして特に41歳のヒドにとって、それはどういうものなのか?についての設定が曖昧だったところじゃないかなと。

もし、こういった「青春の美しさ」にフォーカスするのであれば、下手に現代から振り返る設定にしないほうが、視聴者も集中できただろうし、これだけの比重で入れるのであれば、もう少ししっかり現代のキャラクターに対する設定がなされるべきでした。

個人的には、この作品は、描き方が新しかっただけに、メッセージに関しても「青春・初恋は美しくてほろ苦い」という、これまでの「あるある」を超えてくれると期待していた部分がありました(それは、ハッピーエンドでなくてもよく)。

しかし、結果的には、やはり主題は過去の話にあり、「青春の思い出を、20年たった今の自分がどう消化しているか、どう今とつながっているか」という現代の話については、作品の主題としては重きが置かれていませんでした。

にも関わらず、視聴者を気にならせようとして、下手に「応答せよ」風に、現代の設定を入れてしまった(=欲張りすぎた)ことが、全体のメッセージを伝わりにくくしてしまったのではないかと思うのです。

「二十五、二十一」韓国視聴者の反応

さて、私自身がもやもやしたポイントを紹介したところで、韓国の視聴者たちの間では、どのような議論が起こっていたのか?についても紹介しておきましょう。

衝撃の14話からの1週間

まず、あの衝撃の14話の後、

韓国のネットは大荒れでした(笑)twiterのトレンドでは「미친 드라마=イカれたドラマ」というワードが急上昇したほど(笑)

13話のイジンのセリフであんなに私たちをときめかせた「미치다(狂う、おかしくなる)」が全く逆の意味で使われることに…w

日本の視聴者の反応が「悲」だとしたら、韓国は完全に「怒」「狂」という感じの熱量でした…。(これは最終話も同じく…)

声としては、もちろんハッピーエンド出なかったことへの落胆もありましたが、やはり納得がいかなかったこと・説明されずに終わったことへの怒りが多かったように思います。

15話、16話だけ急に、キャラクターの一貫性が失われ、展開の納得感がなかったことが残念という声が多く、久々にこの絵をたくさん見かけました(笑)

これは、竜頭蛇尾=頭はリュウなのに尾は蛇=最初はいいのに最後は残念なドラマを表す、ドラマ好きの間ではおなじみのイラストです。(上の韓国語は左から「始まり・展開・結末」と書いています)

私がこのイラストを最初に知ったのは、このブログでも紹介した「アルハンブラ宮殿の思い出」の衝撃の結末を観たときでした。

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あのドラマでも最終話放送後は、ネットが大変な炎上でしたが(笑)今回はまさに、それに匹敵する、それ以来の衝撃だということで、「アルハンブラ」というワードもトレンドに上がっていたほどです(笑)

具体的な意見としては、ここまで説明した以外にも、9.11に関連するイジンの選択、行動が「これまでのキャラクターと一貫性がなく、納得感がない」という声がとても多くありました。

そもそもなんでいきなり、若手のイジンがNYに派遣されたのか?
あんなに突然、使命感を感じてNYに残る選択をしたのが理解できない。
もしその展開にするなら、事前にもうすこし、イジンのそういう性格を描いておくべきだった
責任感のあるイジンが、自分を待っているヒドに何も言わずに決断するのは違和感
などなど。
また、じつは14話放送後に、韓国では「撮影スタッフの一人」と名乗る人物が、視聴者のざわつきに対して、「後半の展開はたしかに悲しいけど、十分に納得する展開だ」などとコメントしたことで、逆に火に油を注ぎ、「やっぱりサッドエンドなのか…」「なんでネタバレするようなコメントするんだ」と炎上する事件がありました。
そんなこともあり、14話が終わってから、15話、16話の間までの1週間で、すでに視聴者の感情は消耗しきっていたのです。(多分、日本の皆さんもそうだったはず…)。

描写についての倫理的問題

そして、15話、16話では物語の展開だけではなく、ある描写についても非常に非難の声が集まりました。それは、9.11同時多発テロ事件の扱い方についてです。

ヒドがテレビでイジンがNYからレポートをする様子を観て笑うシーンや、イジンが電話で「おまえにかっこよく見えるように気を使ってる」というセリフなどが、「重大な世界的事件を、二人の恋愛の背景として使っている」「不適切だ」という批判を受けたのです。

韓国では、ドラマの作り手に高い倫理観と道徳観が求められるため、不倫を正当化するような描き方をしたり、未成年と大人の恋を描くだけでも大炎上します。(=ヒドが20歳になる手前でイジンとキスしたシーンも議論となりました。)

もし、ドラマの結末自体が、視聴者が納得するものだったら、こういった批判も「ドラマ自体は良かったけど、あそこは残念だったね」というぐらいで済んだかもしれませんが、結末自体が批判を受けてしまったため、このような描写についてもより厳しい指摘が相次ぎました。

先日、今年の百想芸術大賞のノミネート作品が発表されましたが、特にドラマ部門の賞の中でも重要視される「作品賞」に「二十五、二十一」がノミネートされたことに対して、国内の視聴者からは「不適切な表現があったドラマなのに、なぜノミネートされるのか?」と疑問の声も少なくありません。

もしかしたら大げさに感じるかもしれませんが、それほど韓国では、ドラマが単なるエンタメではなく人々に与える影響も大きいからです。

視聴者ニーズを捉えるということ

こうして「何が残念だったのか?」を振り返ってみたときに、私はふと「応答せよ」シリーズの生みの親でもあるシン・ウォンホ監督が、最新シリーズ「賢い医師生活2」の制作発表会で話していたことを思い出しました。

新しいシーズンとなると、私もイ・ウジョン作家さんも、クリエイターとしては欲が出てしまうものです。
「こんな事もできるんだ」というアピールもしたくなるし。でもシーズン制の本質というものについて沢山考えました。私たちがやりたいことよりも、みなさんが観たいものに焦点を合わせることにしました。
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まさに「応答せよ」シリーズが大ヒットし、「賢い医師生活」が、2年連続、韓国のNetflix年間ランキングで1位を記録するほど、韓国で圧倒的な人気を誇っている理由がここにあります。

「視聴者が見たいものを見せる」というのは、一見、視聴者に迎合しているようにも聞こえますが、「視聴者が観たいものを、期待を上回るクオリティで提供して視聴者を唸らせる」のがこの制作陣のすごいところです。また、視聴者のニーズを把握するために、日頃から積極的に本編以外のコンテンツを配信したり視聴者とコミュニケーションも欠かしていません。

「賢い医師生活」でも「二十五、二十一」のような視聴者のフカヨミと細かい分析が繰り広げられましたが、結果的に、制作陣はそれを上回る細かさで視聴者を唸らせる展開を観せてくれました。

視聴者がこれだけ、観る目が細かくなったのもある意味、「応答せよ」シリーズ、「賢い◯◯」シリーズの影響とも言えるでしょう。

一方、「二十五、二十一」の脚本家はまだ2作目。監督もデビューは、2019年です。最近は、経験の浅い作り手の作品のほうが、逆に新鮮で魅力的であることも多く、今回の脚本・演出も新鮮さという意味では、すごく光るものを感じました。

しかしながら、視聴者のニーズの把握や、距離のとり方に関しては、課題が残ったと言わざるを得ません。

14話まであんなに最高…!と思っていたのに、15、16話はどんどん視聴者の感覚と展開がずれていくのを感じました。

最後のクッキー映像に「恋愛ワードを検索してくださいwww」のバロの検索エンジンが出てきた時には、若干、イラッとしてしまい…(笑)←ネット上でもこういう反応多かったw

「あ〜、結局、私たちの気持ちが通じてたようで通じてなかったんだなあ…」と思ったのです。

スタッフのネタバレ事件についても、文章を読むと、どこか「視聴者が自分たちの意図したものを理解しようとしていない」という憤りのようなものを感じる部分があり、それがまた、火に油を注いでしまったようなところもあります。

もちろんそれは、あくまで一人のスタッフの行動ではありますが、振り返ってみると、最終的にここまで視聴者との感覚がずれてしまったことを象徴している出来事のようにも思いました。

特に14話以降、視聴者側も「制作陣が視聴者の反応に混乱している」という空気を感じたからこそ、気持ちが離れていった部分があったと思います。

というわけで、「二十五、二十一」は、次世代の脚本家・監督だったからできた新しい表現が素晴らしかった一方で、改めて視聴者のドラマの見方がどんどん深く細かくなってきていることや、視聴者を納得させることの難しさを考えさせられた作品でした。

でも、こういうときに、単に「面白くない」「納得行かない」という不満だけではなく、何が問題なのか?どうすればよかったのか?について、率直で鋭い意見が沢山ネットに書き込まれるのが凄いところ。

まさにこういった視聴者の愛のあるフィードバックが、韓国ドラマが進化をつづける源でもあるのです。

私がここに書いたこともそうですが、批判=嫌いということではなく、作品に対する愛が深いからこそ、こうすればもっと素晴らしい作品になったのではないか?という想いが強いのです。

今回の一件が、次の名作が生まれるきっかけになることを願います…!

最後に

ここまで、結末に関するもやもやについて、整理してみました。みなさんは、結末をどう観られたでしょうか…?

解釈は人それぞれなので、これが正解なわけではありませんが、みなさんのもやもやが、少しでも解消できる材料になれば嬉しいです。

ただ、もちろん最後が残念だったからといって、私たちがときめいたあの、青春の日々が全部なくなるわけではありません…!(笑)

しびれた演出、刺さったセリフ、思わず唸らされる名演技もたくさんありました!

ということで、これまで定期的に開催してきたHISさん主催のオンラインロケ地巡りイベントにて、5月に「二十五、二十一」のロケ地紹介と、名シーンの振り返りをやりたいと思います!

もし、ご興味がある方は、↓こちら↓から是非お申し込みください。

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*写真はtvNからお借りしました。