【映画レビュー】日本公開前に知っておきたいソン・ガンホ主演「나랏말싸미(わが国の語音)」をめぐる議論

こんにちは、Misaです。今日は、7/24に韓国で公開されたばかりの映画나랏말싸미(わが国の語音)

を観に行ってきました。

こちら、ソン・ガンホが出ているということと、先日自殺で亡くなられたチョン・ミソンさんの遺作となったということ、

そして内容は、世宗大王がハングルを作った時の話ということで韓国語学習者としてもこれは見なければ!と思って観に行ったんです。でも、観終わった後、かなりもやもやが残り、色々と調べてみたところ、この作品、内容について「歴史歪曲だ!」との議論が巻き起こっていることがわかりました。

一方では、すでに日本と北米12地域での公開も決まっているとのこと。

ソン・ガンホ&パク・ヘイル主演映画「わが国の語音」北米12地域で封切り確定…日本でも公開予定

うーん。まあ、確かにソン・ガンホですからねぇ。。映画の買い付けってほとんどキャストで決めてるようなところありますからねえ。。。ビジネス的には、当然と言えば当然なんですが、、、このまま内容をめぐる韓国での議論が伝わらないまま海外で公開されるのは、どうなのかな~と思います。

プロモーションの情報だけを見ていたら、日本でも大半の人が、この内容が歴史的事実だと思って映画を観てしまうことになるでしょう。

現地で韓国人の反応に触れながら韓国映画を楽しむ日本人としては、この部分は日本のみなさんにお伝えしておきたい!

というわけで、今回は映画の概要と、具体的にどんな議論が巻き起こっているのか?という部分を中心にご紹介したいと思います。

映画概要

この映画では、ソン・ガンホ演じる世宗(セジョン)大王が、朝鮮固有の文字(訓音正音:のちにハングルと呼ばれるもの)を作ろうと尽力する過程が描かれています。

特に「音を正確に文字で表現すること」「庶民でも簡単に理解できる文字にすること」にこだわった世宗大王。それを実現する文字の開発は、当時の学者たちをもってしても難しく、貴族の特権であった文字を庶民でも使えるようにすること自体にも反対があり、その道のりは容易ではありませんでした。

この映画では、世宗大王が、世界の言語に精通していたシンミという僧侶と出会い、ハングル創生を成し遂げた、というストーリーが描かれています。

↓ 公式で発表されている概要の和訳

文字と知識を権力に独占していた時代

すべての臣下たちの反対に合いながらも、訓民正音を創製した世宗の最後の8年間。
国の最も高貴な存在「世宗」と最も卑しい身分の僧侶「シンミ」が会って民のために意味を集めて国の文字を作り始める。
誰もが知っているが、誰も知らないハングル創製の隠された話!

1443、不屈の信念でハングルを作ったが、歴史に記録されなかった彼らの物語が始まる。

なお、韓国語学習者の方しかわからない小ネタですが「나랏말싸미」というのは、当時の書き方にならった書き方で、現代風にすると「나라의말씀」ということで「わが国の語音」という訳になっています。

巻き起こった歴史歪曲議論

この映画の内容について、ネット上で「歴史歪曲だ!」と議論が巻き起こっているポイントとは、まさにストーリーの中心である、「世宗大王が僧侶と一緒に文字を作った」という部分。

日本人からすると「世宗大王がハングルを作った」という程度しか知らないのですが、、
韓国の学者の中では、「世宗大王が直接ハングルを作った」というのが有力な説とされているようです。
つまり、「知識人に命じて作らせた」のでも「知識人と一緒に作った」のでもなく、「王自身が中心となって作った」という説。(しかし、一部の教科書にて「知識人と一緒に作った」という記載があるものもあり、一般の韓国人でも見解が分かれるとのこと)

そんな中で、今回の映画のストーリーでは、僧侶「シンミ」と一緒に作ったという斬新な説をベースに物語が展開します。そして、描かれ方としては、世宗大王の情熱に共感したシンミが、実質的な考案者に近いような形で描かれます。

また、考案の過程で、シンミたちが精通してた、「サンスクリット語をベースにしてハングルが作られた」というような印象を与えるシーンも出てきました。

この点に関しても、「ハングルは唯一無二の独自性を持った言語である」とする立場の方々から批判の声が上がっているようです。

↓ こちら、NAVERのこの映画のレビューページ。1の評価が続いています。コメントは自動翻訳したものなので、違和感ありますが、議論の雰囲気は伝わるかと思います。(「外国に輸出までする?」という書き込みもありますね)

一方で、実際には私たち外国人のように、韓国でのこれまでの定説などを知らない韓国人もそれなりにいるようで、そのような人たちが映画だけを見て「そうだったんだ!知らなかった!」と言って10点評価をつけるケースも多く、それについてまた「映画が間違った歴史認識を拡散させている」と議論になっているのです。る

↓ この映画の歴史歪曲議論を扱ったニュース動画(韓国語のみ)。韓国語学習者の方は見てみてください。

このような歴史認識について一般人が議論するというのは、日本ではなかなか見られないことですよね。自国のアイデンティティに関わるテーマについては、議論が盛り上がるのはやはり韓国ならではと思います。

歴史映画をどう見るか?

さて、この議論について、私も何も知らずに見て「そうなんだ」と思いそうになった一人であり、専門家ではないので「何が真実なのか?」については、判断ができません。

しかし、一つ言えることは、事実であると断定できないもの(特に見解にかなり意見が分かれるもの)を、事実であるかのように思わせてしまう懸念がある作品であり、あくまで仮説の1つであるということを理解して観る必要があるということです。

もちろん、他の映画のように、映画冒頭で「これは、諸説ある中の一つの説であり、ある説をもとに映画として再構成したものである」というような注意書きは出るんです。

ただ、プロモーションにおいては、フィクションであることは明言されず、かなり「誰も知らなかった真実のエピソードがここに!」的なトーンで煽られているんですよね。

↓ 例えば、こちら映画のフライヤー。一番上のタイトルは「一番簡単で美しい文字、ハングル創製に隠されたストーリー」

真ん中の見どころにも「誰も知らなかった!通念や常識を覆すハングル誕生秘話!」と書かれています。一番下の監督のコメントでも、「訓音正音(ハングル)については、どうやって制作が始まったのかは記載がない」としながらも、「具体的な過程を描きたかった」とし、フィクションであるとは明言していません。

日本に入ってくるときには、これらの素材を利用してプロモーションするとなると、もはや実際どうだったかなんて、ますます誰もわからなない状態で、「歴史的秘話が明らかに!」的なトーンが強調されるでしょう。

もちろん、そもそも映画なので、わざわざフィクションです、と明言しないのもわかるのですが、これだけ議論がある中で、さすがにこのトーンのままで海外で公開されるのはどうなんだろう、という感じがします。

朝鮮の歴代の王の中でも、韓国では最も人気がある世宗大王。日本で言うと、「日本人にも違和感があるような坂本龍馬にまつわる新しい説が、映画として海外公開される」というような感覚でしょうか。

先ほど紹介したニュース動画の最後のほうで、「ハングル博物館」の館長さんが、

「映画やドラマで歴史を学ぼうとしてはいけない」
「映画は映画として観て、ハングルは世宗大王が直接作ったという事実を知る必要がある」

とコメントしていました。

韓国では、歴史的な出来事を取り扱った映画が日本よりも多く、それが韓国映画にハマる一つの理由でもあるのですが、今回のことを通じて改めて、歴史映画の見方を考えさせられるきっかけになりました。

作品で感じた”違和感”

ここからは、あくまで一個人としての見解・感想です。

「世宗大王がハングルを作った」程度の知識しかない状態で、見始めた本作品。最初は私も、「へ―そうなんだ!知らなかった」と思ったのですが、だんだん話が展開するにつれて、「そうなんだ…っけ?ほんと?」というような違和感を感じ始めました。

というのも、「僧侶たちが文字づくりに携わった」という部分を強調しようとしすぎたせいか、あらすじでも、【国の最も高貴な存在「世宗」と最も卑しい身分の僧侶「シンミ」】とされていたはずの身分が違いすぎる2人の関係が、あまりにもラフに描かれていたり、王が文字づくりに没頭する間の政治的混乱などは、ほとんど描かれていなかったり、歴史映画としてのリアリティにかけるのでは?と思ってしまう部分がいくつかありました。

ただ、作品として「ハングル創製の過程」を映像化した、という部分は新鮮で、

特に韓国語を学ぶものとして、「ハングルが音を忠実に表現することにこだわった文字」で「庶民でも簡単に理解できるようにシンプルに設計された文字」ということを改めて認識する機会にはなりました。

また、「口語だけで存在していた言語を文字に起こす」ということがどういうことなのか?を具体的にイメージできた点では興味深かったと思います。

一方で、世宗大王のキャラクターについて、一般的にみんなが思う「民衆を第一に考える愛情深い王」という部分は、表面的には描かれていたものの、セリフ以外の部分での表現や、それ以外の人物的な部分の描写は物足りなく、深みにかけているように感じました。(ソン・ガンホの演技は、相変わらず素晴らしかったですが、活かしきれていなかったのではと思います。)

この作品のチョ・チョルヒョン監督は、過去にも映画「思悼(サド)」の脚本を手掛けた方ですが、今回は監督・脚本ともに担当しており、個人的にもかなり仏教に影響を受けている方のようです。そのせいもあってか、かなり僧侶「シンミ」たちにフォーカスした演出が多かったように感じました。

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勃発する更なる問題

なお、この作品にはもう一つ別の問題も発生しています。

映画公開直前に、この映画の原作とされる本の権利を持っている出版社から「制作陣が弊社の許可なく映画の制作を強行した」として、映画上映禁止処分を申請されたのです。

制作会社側は、「そもそも原作は存在しない。あくまで本とは別に存在している歴史的解釈に基づいての制作だ」という主張をして、結局、公開直前に、禁止処分の申請は却下されています。

それに加えて、チョン・ミソンさんの訃報も重なり、映画関係者は心労が絶えなかったのではと思います。

↓ 名演技が光りました…。残念でなりません。。

韓国では公開直後、動員数で1位になったものの、これらの騒動もあり、思ったより早く失速しつつあることから、むしろ海外での興行で収益を巻き返したい、という想いもあるかもしれません。

しかし、これだけ色々勃発しているとなると、日本でも本当に公開されるのかどうか…、気になるところです

ちなみにこの作品を公開するのなら、同じく言葉をテーマにした「말모이(マルモイ/言葉集め)」のほうが、断然映画としてのクオリティも高いんですけどね。。植民地時代が出てくるから難しいんでしょうか…。

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まとめ

というわけで、いろんな意味で話題となった本作。日本で公開される際には、是非「韓国ではこんな議論があった」ということも踏まえて観ていただけたら、理解がより深まるのではと思います。

個人的には、この騒動のおかげで、余計に世宗大王やハングルの歴史に興味が沸きました。

↓ こちらで紹介したハングル博物館や、光化門の駅に直結している世宗大王のミュージアムにももう一度行ってみたくなりました…!

One more Korea

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日本公開について、具体的な情報が出ましたら、またこちらで追記したいと思います。

나랏말싸미(わが国の語音)・韓国公開日:2019.07.24
・上映時間:110分
・日本公開予定