Netflix「D.P.−脱走兵追跡官−」衝撃の名作!/(1)韓国での反応・知っておきたい背景知識

韓国在住KdramaライターMisa
Netflixオリジナルドラマ「D.P.−脱走兵追跡官−」の韓国での反応、作品を理解するための背景知識を、ネタバレなし・あり両方で解説します!

「D.P.−脱走兵追跡官−」視聴後の感想

Netflixオリジナル「D.P.−脱走兵追跡官−」は2021年8月27日から公開。チョン・ヘイン、ク・ギョファン、キム・ソンギュンなどが出演。

いや〜〜〜、凄い名作でした!

こちらは、「キングダム」「Sweet Home -俺と世界の絶望-」などと同じように、この作品は韓国でもテレビ放送がなく、完全にNetflixでしか観られないオリジナルドラマ。(韓国ではそれだけを「Netflixオリジナル」と呼びます。)

Netflixオリジナル作品は、これまではどちらかというと海外では話題になっても、韓国国内ではそれほど評価されない作品が多かったのですが、そんなNetflixオリジナルから遂に名作が誕生した!という感じ。

韓国でも公開直後から、話題沸騰!

8月27日の配信以降、韓国のNetflixのランキングではそれまで1位だった「賢い医師生活2」を抜いて、9月8日現在でも、連続して1位を記録し続けています。
あまりの人気に、8月30日には、制作したジェイコンテンツリーとキダリスタジオの株価が急騰するという現象が起きたほど。

軍隊の問題を扱っているという点でも話題ですが、作品としても高く評価されており、これはついにNetflixオリジナル作品として初めて、来年の百想芸術大賞(韓国のゴールデングローブ賞)で賞を獲るのは確実ではないかと思われます。(これまでは、ノミネートのみで受賞はならず)

今日は、記事の前半で「D.P.−脱走兵追跡官−」が気になってる!という方向けに、ネタバレなしの作品紹介を。

後半では、観終わった方向けに、韓国での反応、作品を理解するための背景知識、キャスト情報などをネタバレありで紹介していきたいと思います。
(長くなったので、キャスト情報からは記事を分けました。)

*「ここからネタバレあり!」というところには、表記しますので、未視聴の方は必ずご確認の上ご覧ください。

「D.P.−脱走兵追跡官−」を観る前に知っておきたこと

作品概要

 1話50分✕全6話 (すでに全話配信済み)
→週末にあっという間に完走できる短編。でも内容は濃い!

 出演:チョン・ヘイン、ク・ギョファン(映画「新感染半島」)、キム・ソンギュン(「応答せよシリーズ」)
→実力派・個性派俳優だらけで演技の厚みが凄い!

 脱走兵を追う軍隊内の組織「D.P.」の視点から、韓国軍隊の問題点を描いたウェブ漫画のドラマ化。実話もモチーフになっている。

 重みのある社会派ドラマでありながら、チョン・ヘインとク・ギョファンの名コンビのケミ・笑いも見どころの一つ
→この作品で今、ク・ギョファンは大ブレイク中!!

「D.P.−脱走兵追跡官−」は、自身も軍隊で「D.P.」を経験したというキム・ボトン作家が2015年に発表したウェブ漫画「D.P 犬の日」が原作。原作は、これまで再生回数1000万PVを超える人気作であり話題作。
ドラマ化にあたっては、「チャイナタウン」「スピード・スクワッド ひき逃げ専門捜査班」などの映画を手掛けたハン・ジュニ監督が監督を手掛け、監督とキム・ボトン作家が共同で脚本を執筆しています。
おそらく、まだこの作品を観ていなくて、この記事をご覧になっている方の多くは、「なんか、すごく話題みたいだけど…重たそうだからまだ観るの躊躇してる」という方も多いのではないでしょうか。
そんな方にお伝えしたいのは…
確実に、”重い”作品であることは間違いありません。
暴行や虐待などのシーンも登場するため、そういう描写が苦手という方は、目を覆いたくなるかもしれません。
ただ、こういう社会派作品こそが、韓国ドラマの凄みであり、それらの描写は、ただ作品を刺激的に仕上げるための演出なのではなく、緻密な取材に基づいて再現されたリアルなものなのです。
チョン・ヘインに、過去のラブストーリー作品でハマった方が、それらの作品をイメージして気軽な気持ちで観たら衝撃を受けるでしょうし、「俳優にキュンキュンしたい」「コンテンツは気楽な気持ちで観たい」という方には、正直オススメしません。
ただ、こういった、韓国らしい社会派作品の凄みを知りたい方、韓国でも絶賛されている俳優の名演技を観てみたい方には、オススメです。

NetflixKoreaがTwitterで発信した作品紹介にはこう書かれています。

 "死んでも変わらないこと"に立ち向かう、希望と絶望を描く
 ”悪いのはシステムなのか?人なのか?”
脱走兵を捕まえる軍人コンビ、ジュンホとホヨル。軍を離脱するしかなかった青年たちの苦悩。切迫しながらも愉快なD.P.式、疾走!
(画像内の「一行コメント」「見どころ」部分を翻訳)

私達、日本人にはなかなか馴染みのない韓国の軍隊が舞台ですが、腐敗した組織、権力と圧力、”傍観者”の罪…など、作品で描かれているテーマ自体は、日本や私達それぞれが所属する組織にも当てはまる要素もあり、考えさせられてしまいます。
重たいテーマを、そのままドキュメンタリーのように描くのではなく、俳優たちの素晴らしい演技力と、観客を引きつけるストーリーで、しっかりエンターテイメント性も兼ね備えた作品に仕上げるのが、韓国コンテンツの得意なところ。
特に今回は、チョン・ヘインとク・ギョファンの名コンビのケミストリーも作品の大きな魅力。
特に、ク・ギョファンが演じたホヨルは、原作漫画にもないドラマのオリジナルキャラクターで、重みのある作品のなかでも、ユーモアがあり、親近感を感じてしまう魅力的な人物。
また、ホヨルを演じたク・ギョファンという俳優の魅力にハマる人が続出中!

*NetflixKorea Twitterより
きっと、観終わったら、
「重かった…でも面白かった。観てよかった。」
という感想と、深い余韻が残ると思います。
なお、これから観る方に、一つだけお伝えしておきたいこと!
最終話は、エンドロールの後、最後の最後まで観てください…!!
チョン・ヘインが出てくるエンディングの後、エンドロールが流れ、そこに本当のエンディングがあります。
これを見逃してしまうと、作品の深みが全然違ってきてしまうので、お見逃しなく!
そして、観終わった後、「あれってリアルなの?」「あれを観て韓国の人はどう思ったのだろう?」ということが気になった方は、是非この記事に戻ってきてください。
ということで、ネタバレ無しの作品紹介はここまで!!

「D.P.−脱走兵追跡官−」を深く理解する背景情報

軍隊の中での階級

「D.P.−脱走兵追跡官−」では、一等兵、二等兵、兵長といった階級が出てきます。

軍隊の中での階級
二等兵 → 一等兵 → 上等兵 →兵長
実は、原作マンガでは、アン・ジュンホは上等兵として登場します。
しかし、今回ドラマ化にあたり、ハン・ジュニ監督は、「20代の若者たちにとって、身近な物語として共感してほしい」という思いから、自分の周りにも居そうな普通の青年、アン・ジュンホが軍隊に入隊し、訓練を受け二等兵になり、D.P.として勤務していく…そんな過程から描いたといいます。

D.P.は身近なのか?

今回ドラマで描かれた、脱走兵を追跡するD.P.という組織は、実際の軍隊にも存在するものです。

軍の発表によると、全国にはD.P.の役割をする兵士が約100人ほど存在するといいます。

しかし、韓国の男性でも、D.P.という組織については「存在は聞いたことがあったが、詳しくは知らなかった」という人が多いようです。

ドラマの制作発表会でも、俳優たちは「聞いたことはあったが、詳しくは知らなかった」または「全く知らなかった」「作品を通じて知った」と答えています。

軍隊という組織の性質上、自分が所属する組織以外のことは、誰でも詳しく知り得るものではないのでしょう。

一方で、今回、参加した俳優の中にもD.P.出身者がいたり、ある俳優のマネージャーも経験者だったり、制作発表会のスタッフもD.P.出身だった…というように、少し周りを見渡してみると、意外と出身者が存在したそうです。

そのため、作品を作るにあたっては、自身もD.P.出身者である原作者のキム・ボトン作家から助言をもらいながら、周りのD.P.出身者たちからも多くのアドバイスを得たといいます。

物語の時代設定

「D.P.−脱走兵追跡官−」の時代設定は、2014年。1話の冒頭では、当時の朴槿恵大統領が、国軍の日(10月1日)に「人権が守られる兵営を作ることから始めます」とスピーチをした映像が映ります。

その時代設定は、チョン・ヘインが使用するスマホがiPhone5(2012年発売)だったり、5話のコンビニのシーンで、当時大流行して品薄だった「ハニーバターチップ」が「ありません」という張り紙が貼られているなど、細かい演出にまで反映されています。

設定が2014年なのには理由があります。2014年は、軍隊内で大きな事件が2つも発生し、韓国社会では軍隊組織内の暴行・いじめなどの問題が大きなイシューとなった年でした。

「D.P.−脱走兵追跡官−」はまさに、この2014年に実際に軍隊で起こった二つの事件を背景に作られているといいます。

背景となった二つの事件

まず、2014年4月7日に発生した、ユン一等兵 暴行死亡事件。

陸軍の第28歩兵師団にて、当時25歳だった先輩兵長らは、複数名で当時20歳だったユン一等兵を数十回にわたり暴行。暴行により脳死状態になったユン一等兵は、病院に緊急搬送されましたが、翌日死亡してしまったという事件。

調査の結果、ユン一等兵はその日だけではなく、毎日先輩たちに暴行・拷問など、卑劣ないじめを受け続けていたことがわかり、社会には衝撃が走りました。

1話の冒頭、朴槿恵大統領の映像の直後に、「死亡した兵士を放置した疑い」というニュース映像が流れますが、これはこのユン一等兵 暴行死亡事件のときの映像と思われます。

それからわずか2ヶ月後の2014年6月21日に発生した、イム兵長銃乱射事件。

陸軍の第22歩兵師団にて、除隊まであとわずか3ヶ月だったイム兵長(当時22歳)が銃を乱射し、5人が死亡、9人が負傷する事件が発生します。

その後、イム兵長は長い期間、いじめを受けていたことが分かり、仲間たちもその事実を証言したにもかかわらず、最終的にイム兵長は死刑判決を受け服役中です。

「D.P.−脱走兵追跡官−」の最後の最後のエンディング、あの衝撃的なシーンは、このイム兵長銃乱射事件をモチーフにしていると考えられます。

この二つの事件をきっかけに、韓国では、軍隊内の暴行・虐待などの問題が大きく取り上げられるようになり、韓国の若者たちの間では

「我慢すればユン一等兵(暴行で死亡)、我慢できなければイム兵長(銃乱射で死刑)」

という言葉が流行ったほど。

1話の冒頭の、国軍の日(10月1日)の朴槿恵大統領の映像はこの二つの事件の後のものであり、「人権が守られる兵営を作ることから始めます」というスピーチは、当時、軍隊の改革が行われたことを表しています。

実際にこれらの改革により、軍服務中に携帯電話を所持することができるようになったり、ドラマのようにすべての階級が一緒に過ごす形式だった部屋は、現在では、特殊な部隊を除いては、同期が一緒に過ごす部屋に変わるなど、いくつかの改善が行われました。

「D.P.−脱走兵追跡官−」に対する韓国での反応

「D.P.−脱走兵追跡官−」は、Netflix配信直後から、韓国国内でも大きな反響を呼びました。

まず、韓国でこれだけこの作品が話題となったのは、作品の完成度がとても高いことが前提ですが、その上でやはり、描かれた軍隊の様子に対しては、様々な反応・議論が起こりました。

あれは”過去の話”なのか?

ここではまず、その内容についての韓国国内での反応を紹介しながら、日本の皆さんが最も気になっているであろう「あれはどこまでリアルなのか?」という点について、私なりに整理をしてみたいと思います。(あくまで私も直接経験したことではないので、できるだけ様々な意見・データを元に整理してみます。)

配信直後は、主に20〜40代のすでに軍隊での生活を経験した男性たち(*)を中心に「とてもリアルだ」と話題になりました。
*兵役は全員の義務ですが、様々な理由により軍隊勤務以外の役務も存在するため

ドラマのリアルな描写を観て、それぞれが経験した過酷な状況を思い出し「夢に出てきた」「PTSDを発症した」という声も少なくなかったほど。

実際、アン・ジュンホ役を演じたチョン・ヘインも「現場のセットなどが鳥肌が立つほどリアルだった。再入隊したような気分だった」と言い、思わず「二等兵 アン・ジュンホ」と言わなければならないところを「二等兵 チョン・ヘイン」と言ってしまい、NGを出したこともあったそう。(制作発表会によると、同じようなNGを出した役者が何人も居たそうです。)

もちろん、反対にこんな声もあります。「あれは昔の話。今は、スマホも使えるし、あんなにひどくはない」「ドラマを観て、彼女から心配されたが、今は大丈夫だと答えた」。

しかし、視聴者の間で様々な意見が飛び交っているタイミングで、原作者であるキム・ボトン作家は、自身のSNSでこう発信しました。

D.P.は、”今は良くなった”という忘却の幽霊と戦うために作った。見えないところで、孤独な戦いを続けている方々の力になれることを願う。今日もどこかで、一人泣いている誰かに、少しでも良い明日を作ってあげられるように。

そして、2012年に軍隊内の暴行で夫を失い、今も国防部を相手に裁判中という読者の方から作家に届いたというメッセージを紹介。

最初は、私達の事件の話のようで作品を見る自信がなかったが、訴訟を準備しながら気を引き締めようと1話を見た。観るのは大変な思いだったが、それでも作家さんに感謝の気持ちを必ず伝えたいと思った。

さらに、こういった事件が今もなお、続いていることを示すため、キム・ボトン作家は、今年発生した空軍と海軍のセクハラ被害者が自殺により死亡した事件の記事を共有。

作家自ら「D.P.の考証めちゃくちゃ」とコメントし、「今はあそこまでではないと聞いた考証は間違っていた。今もまだ問題は残っている」と訴えたのです。

ここで、軍隊の状況を客観的に知るために、二つのデータを紹介します。

一つ目は、軍務離脱件数についてのデータ。

20162017201820192020
219件166件138件115件91件

*出典:ソウル新聞2021.09.16 記事 記載「陸・海・空軍及び海兵隊」データより

このデータを見ると、確かに、軍務離脱件数は明らかに減っていることが分かります。

これらのデータを示しながら、「最近の軍隊は変わった」という国防部のコメントを取り上げる記事もありました。

一方、D.P.経験者によると、実際の軍務離脱は、ドラマのように”脱走”ということよりも、ほとんどが「休暇で一時的に外の世界に出た後に、期限までに戻ってこない、戻るのが遅れる」というケースが大半だと言います。

確かに、2014年の事件以降の改革で、スマホが使えるようになったことも、この離脱件数の減少には寄与していると考えられるでしょう。

しかし、そもそも、軍務離脱=脱走のケースは多くないとすると、離脱件数の減少を以て、過酷な暴力行為自体が減ったとは言い切れないことがわかります。

ポイントは、脱走という形に至る、至らないに関わらず、卑劣な暴行、拷問、わいせつ行為は無くなったのか?ということ。

軍隊全体の状況が、2014年当時より少し改善されているとしても、決してあれが「今やありえない過去の話」とは言い切れない根拠について示している興味深い記事がありました。

2021年9月2日のSBSニュースのこちらの記事では、「ファクトチェックをするため、直近2年間の軍事裁判所の判決文を確認してみた」とし、2014年を描いたというドラマの場面と同じような、もしくはそれ以上に卑劣な暴行、拷問、わいせつ行為の数々を、直近2年の判決文の中に確認したことを紹介しています。(ドラマで描かれた以上に、目を覆いたくなる卑劣な内容でした…)

また、客観的なデータとして、国防部が作成した「陸・海・空軍と検察団 暴行と過酷行為立件推移」というものが紹介されていました。

20162017201820192020
暴行7551185939854946
過酷行為6555444264

*出典:国防部「国会立法調査処 提出資料」2021.05.10 より

これを見ると、先程の軍務離脱件数の何倍も、暴行などの事件が発生していることがわかります。そして、直近では件数は増加傾向であることもわかります。

しかも、これはあくまで、軍検察が起訴まで行った事例の数であり、実際にはこの起訴件数以上の事件が起こっているであろうことは、今回の経験者たちの反応を見る限り、想像に固くありません。

つまり、過去から多少の環境の改善はあったとしても、それは暴行・拷問・わいせつ行為などの根絶には繋がっておらず、問題は未だ根深いことを示しています。

これは、おそらく、日本でも決してなくならない、学校のいじめ問題に置き換えて考えてみてもわかると思います。

事件として公になるものの何倍の数ものいじめが、日々どこかで発生している。もちろん、それらを目の当たりにすること無く過ごす人もいるかもしれないし、確かに昔と比べたら良くなったのかもしれない。

だからといって、問題は解決しておらず、今日もどこかで一人で苦しんでいる被害者は存在し、私達は継続して問題に向き合わなければならないということ。

一方で、「D.P.−脱走兵追跡官−」があまりにも話題になっていることを受けて、遂に9月7日、国防部の報道官が定例ブリーフィングについて、こうコメントしています。

暴行、嫌がらせなど、軍隊生活での不条理を根絶することができるよう、継続的な改革の努力を行ってきた。
携帯電話の使用などで、不正事故が隠蔽されることがない環境に現在は変わってきている。

また、9月8日には、ついに国防部長官までこう発言したことがニュースになりました。

少しドラマ的に誇張されている部分が明らかにある。今の軍隊の現実とは少し違うだろう。多くの改善の努力により、状況は転換しつつある。

もし、このコメントだけ切り取って見たら、「ああ、やっぱり今は違うのね」と思ってしまうかもしれませんが、ここまでお読み頂いたみなさんなら、

環境が改善されつつあることは事実
ただし、暴行・拷問・わいせつ行為などの根絶には至っていない
→「ドラマは過去の話」とは言い切れない

ということが、見えてくるのではないかと思います。

さらに、興味深いことは、来年行われる大統領選挙の候補たちもこの「D.P.−脱走兵追跡官−」について、こぞって言及していることです。

ある候補は「野蛮の歴史である。青年たちに申し訳ない。必ず改革することを約束する」とし、またある候補は「募兵制と志願兵制に転換することを検討する」と発言。

もちろん、これらは若い世代の支持を得るためのパフォーマンス的な意味合いもありますが、政治家がこぞって選挙活動に利用するぐらい、この「D.P.−脱走兵追跡官−」が韓国で話題になっていることがわかるでしょう。

韓国で”社会派作品”が多いのはなぜか?

ここまで、「D.P.−脱走兵追跡官−」という作品をきっかけに、そこで描かれた問題そのものに対する議論が盛り上がり、問題の主体である国防部や、政治家まで反応するという流れを紹介しました。

韓国ではこのように、ある社会問題や事件をテーマとした映画やドラマや小説などがきっかけで、その問題・事件に対する関心と議論が高まり、法律が変わったり、問題解決に繋がっていくという流れは、これまでにも度々起こってきました。

障がい者の福祉施設で入居児童に対する性的虐待が行われていた実話を元にした映画「トガニ 幼き瞳の告発」(2012年)をきっかけに、事件の再捜査や同様の事件に対する厳罰化を求める声が高まり、実際に「トガニ法」という法律が制定されたこと。

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また、2009年の映画化をきっかけに事件が再捜査され、実際に犯人が捕まった1997年の梨泰院殺人事件。

日本でも昨年話題となった映画「82年生まれ、キム・ジヨン」が、韓国国内でフェミニズム運動の大きな流れを作ったことは、ご存じの方も多いでしょう。

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私も韓国に住み始めてみて、きっかけはコンテンツであるにせよ、そうでないにせよ、今の韓国では「国民の意見によって社会の仕組みが変わる流れ」があり、だからこそ、韓国の人たちには「問題には、まず自分たちが声を上げなければならない」という意識があるというということを、ひしひしと感じます。

これについてはやはり、これまで数々の国の危機に対して、国民が団結し、実際に、国民の声で時の政権や世の中の仕組みを変えてきた歴史があるということは非常に大きく、そこが日本との大きな違いであると考えます。
(ちなみにこういった歴史もまた、多くの映画で描かれています。

今回の「D.P.−脱走兵追跡官−」で描かれた問題に対しても、先に紹介したように、実際にその状況を経験した多くの人々が「観るのが辛かった」「あの時を思い出した」としながらも、同時に「だからこそ、こういった問題を取り上げなければいけない」「過去のものとして終わらせてはいけない」と、今回の作品の意義を評価しているのは、そういった意識からだと言えます。

韓国ドラマにおいては、この「作品のメッセージ性」は、非常に重要です。

海外の視聴者が見たら、単なるエンターテイメントに見える作品も、そのほとんどが、その時代に発生している様々な社会問題や、問題意識を主題にしています。

サスペンス作品として高い評価をうけた「秘密の森」も、実際に大きな社会問題である”検察組織の闇”を描いたものであったし、

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作品全体がストレートにあるテーマについて表現しているものの他にも、ドラマの中のちょっとした設定や、登場人物たちのストーリーが、それを表現している場合も少なくありません。

実は今回描かれたような、軍隊組織内での暴行・拷問・わいせつ行為などは、これまで様々な作品でも表現されてきました。

今回、主演をつとめたチョン・ヘインは2017年の出演作「刑務所のルールブック」では、陸軍の暴行致死事件の主犯として服役する大尉役を演じており、そこで描かれる陸軍内での事件は、やはり2014年の事件から大きな影響を受けていると考えられます。

また、大ヒット映画「神と共に-罪と罰-」でも、同様のテーマが扱われるなど、他にも数多くのドラマや映画で、軍隊組織の問題は取り扱われています。

”Netflixオリジナル”だからできること

一方で、今回このテーマをこれだけ生々しく描くことができたのは、”Netflixオリジナル”作品だったから出来たことであるのは間違いありません。

冒頭に紹介したように、この作品は韓国でもテレビ放送がなく、完全にNetflixでしか観られないオリジナルドラマ。

韓国では、子ども目にする可能性がある放送コンテンツは、放送通信審議委員会という政府機関により、その内容が審議規定に違反しないか審議を受けるため、視聴者に有害な影響を与えるような過激な表現は審査の対象となります。(ナイフの先にモザイクがかけられ、喫煙シーンでさえも制限されるのはこのため)

一方、Netflixでのみ配信されるコンテンツは、放送コンテンツにあたらず、映画などと同じく映像物等級委員会という機関の審査を受けるため、テレビ放送の作品よりは自由度の高い表現が可能です。

今回、数々の暴力シーンが生々しく表現できたのは、テレビ放送がないNetflixオリジナル作品だからできたことと言えます。

また、字幕ではとてもマイルドになっていますが、そのセリフも、テレビ放送では決して使えないような、相〜当な罵詈雑言が並べられています。(ほんと、凄いです…)

さらに、表現規制という点だけではなく、そもそもここまでストレートに軍隊の問題を扱う作品を映像化する、というのは、いくら社会派作品が多い韓国でも、放送局ではなかなか決断できなかったことでしょう。

今回「D.P.−脱走兵追跡官−」が出るまで、個人的にNetflixオリジナルの中でも1番の良作だと思っていた「人間レッスン」も、10代の若者たちの闇を描いた作品ですが、同じようにテレビ放送では決してできないリアルな表現で、当時韓国では話題になりました。

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私はこの作品を初めて観た時、Netflixオリジナル作品が、今までのテレビ放送では不可能だった、さらに多様な作品を多く生み出してくれるという可能性を強く感じたのを記憶しています。(「人間レッスン」は2021年の百想芸術大賞で、作品賞ほか複数の賞にノミネートされました。)

そして今回、それを上回る作品「D.P.−脱走兵追跡官−」が出たことに、驚きもありながらも、やっぱりやってくれたという気持ちもあります。

こちらの記事で予想した「来年2022年の百想芸術大賞では、遂にNetflix作品がノミネートだけでなく、受賞までする可能性があるのではないか?」がついに現実になりそうな予感…!

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「これは大丈夫なの?」という疑問から考えること

「D.P.−脱走兵追跡官−」配信開始後、SNSでの反響、周りの日本人の知り合いたちの反応を観ているとこういった反応がよく見られました。

軍隊の問題をこんなに描いちゃって、大丈夫なの?問題にならないの?
おそらく私が、今も日本に住んでいたとしたら、同じ質問を韓国人の友達にしていただろうなと思います。
しかし今は、韓国に住みながら、コンテンツとして表現する、しないに関わらず、「問題に対して声を上げること」がとても大事にされているということや、その声が実際に、社会を動かしていく様子を目の当たりにし、「社会の問題に関心を持って、それを表現していくこと」に関して、日本にいた頃とは、違う感覚を持つようになりました。
そして同時に、表現することは自由であるはずなのに「こんな内容をコンテンツで表現しても大丈夫なの?」と思っていた日本に居た頃の自分の意識は、どうして作られたのだろう?ということに立ち返らされました。

韓国コンテンツでは、社会の”闇”の部分も容赦なく描かれるため、私も以前は「え、韓国ではこんな卑劣なことが…」、そしてどこかで「日本だと、これはないだろうな…」という感覚がありました。

でも、今は「そもそも、問題がしっかりと描かれることの凄さ」や「描かれない=問題がない、とは言えない」ということを考えるようになりました。

そんな時、ちょうど日本で公開になったのが「新聞記者」という日本映画です。
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こんにちは、Misaです。いつもは韓国映画を紹介しているのですが、今日紹介するのは、現在日本で公開中の邦画「新聞記者」です。なぜこのブログでご紹介するかというと…、韓国の女優、シム・ウンギョンさんが主役で出演しているからです![…]

この映画は、日本映画にしては珍しく、時の政権とメディアを正面から批判した作品ですが、この映画の公開にあたってはまさに「こんな作品扱って大丈夫?」と思ったメディアの”忖度”なのか、圧力なのか…ほとんどテレビでPRが行われなかったといいます。
実は韓国でも、朴槿恵大統領の時代(2013〜2017年)には、政権に批判的な内容の作品には圧力がかけられたり、そういった芸術家や俳優、芸能関係者や団体をリストアップした「ブラックリスト」が作られていました。
例えば、映画「パラサイト」の主演俳優ソン・ガンホもそのリストに含まれていたことは有名です。
ネット上のニュースなども同じく、政権に不利な内容が出ないよう、コントロールされていたといいます。
(実は、その状況は、先ほど紹介した「新聞記者」にて描かれている当時の日本政権の様子ととても重なります。)

しかし、その政権に国民が異議を唱え、国民の声で弾劾し、今のムン・ジェイン政権が生まれました。
もちろん、コンテンツの中には、今の政権の方針を支持するような政治色を帯びた内容のものもありますが、一方で、以前のように「これを描いてはタブー」といったものがあるわけではなく、むしろ、そういった過去があっての今だからこそ、社会問題を扱う作品が積極的に作られてきています。
今や、「国民の声」が非常に大きな影響力を持つ韓国社会においては、こういったコンテンツが世論を作り上げ、社会を動かす大きなきっかけになり得ます。
実際に、先ほど紹介した「今は改善されている」という9月8日の国防長官のコメントでは、最後にこんな発言がありました。

「しかしドラマが、見逃している部分はないか?点検しなければならない重要な契機になった」「兵営の不条理は必ず根絶し、先進的な兵営文化を成し遂げなければならないと意志を固める契機にする」

映画やドラマは、単なるフィクションではなく、常にその時代・その瞬間の世の中の光と闇を切り取ったもの。
視聴者の心をつかむ作品には必ずメッセージ性があり、時にそれは、社会を変えるほどの大きな影響力を持つ。
これらが”当たり前”であるという韓国の感覚に触れた時に、「日本の当たり前」とは大きく違うことに気付かされます。
そもそも「コンテンツの世界」と「現実の社会」との距離感の違い。また、その根底には、そもそも社会的な問題に対する個人の距離感や、それについて発言すること,表現することそのものへの感覚の違いもあると思います。
これは話始めるととても深いテーマなのでこの辺にしておきますが、私自身、このように韓国コンテンツに感銘を受けたことが、最終的には日本という国や、日本人である自分の考え方に立ち返るきっかけになることがとても多いです。
そういう意味でも、「D.P.−脱走兵追跡官−」のような作品こそが、韓国ならではのコンテンツであり、日本でも多くの人に観てほしいなと思います。
続いて、記事後半:作品の評価・キャスト情報・シーズン2についてはこちら
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*画像はNetflixKoreaからお借りしました