「私の夫と結婚して」日本版成功の意味をビジネス観点から読み解く

韓国在住
K-dramaライターMisa
「私の夫と結婚して」日本版の成功をビジネス観点から読み解きます。(ネタバレなしの内容です)

Amazonプライムのオリジナル作品として、2025年6月27日から配信された、韓国ドラマ「私の夫と結婚して」の日本版が、これまでのAmazonオリジナルドラマ作品歴代1位の視聴者数(配信後30日間)を記録し、大成功を収めた。

また、実は反響は日本国内だけにとどまらない。

韓国国内においても、TVINGで配信、tvNでテレビ放送され、見る目の厳しい韓国視聴者からも高く評価されている。

さらに、Amazonプライムを通じて世界にも配信されており、グローバルTOP10ランキングで9位、アジア圏はもちろん、フランス、オーストラリア、ブラジル、メキシコなど26カ国でトップ10入りを果たすなど海外でも人気を博している。(Flixpatrol集計)

いち韓ドラファンとしては、「初めて韓ドラのリメイクで楽しめた」という感動を感じた一方、これは単に「韓国ドラマのリメイクの成功」にとどまらず、わかりやすく言えば「韓国の制作陣が直接日本ドラマを作ってヒットさせた」初の事例であり、今後の彼らの日本戦略に影響を与える、非常に大きな出来事。「日本の放送局や制作会社は、危機感を持つべきではないか?」とすら思ったのだ。

先に紹介した通り、この作品は日本以外の国でもランキングトップ10入りを果たしている。

つまり、この作品のヒットは「日本的な感性が日本人にウケた」という水準を超えて、「『世界に受け入れられる日本ドラマ』を韓国主導で作った」ということを意味するのだ。

私は、2022年にNHKの「韓国ドラマ世界的ヒットの秘密」というドキュメンタリー制作に企画から参加し、その過程でスタジオドラゴンをはじめとする、韓国ドラマのスタジオやクリエイターの方々を密着取材した。

その後、韓国側の日本進出(=日本ドラマの制作に関わりたい)の動きや、「韓国ドラマから学びたい」という日本制作陣の韓国への関心が高まるにつれ、日韓共同制作に関するサポートの仕事をすることも増えた。

そのため、この日本版の制作も早くから耳にしており、「果たして、この初の座組みが成功するのか?」にとても注目していた。

結果は冒頭に紹介した通りで、この成功は、「ついに韓国の制作陣が、日本市場でもドラマ制作で成功」といった形で韓国の業界でも注目されている。

今日は、主にビジネス観点からこの「私の夫と結婚して」日本版の何が今までのリメイクと違うのか?を整理しながら、成功要因の分析、そして、この成功が今後の韓国ドラマの日本リメイクや、日韓共同制作に与える影響などを考察してみたい。(作品ネタバレなしの内容です)

いろいろある”日韓コラボ”の形

コロナ禍の2020年に「愛の不時着」「梨泰院クラス」をきっかけに、日本で再燃した韓国ドラマブーム。

その後、コロナが本格的に明けて日韓の往来がもとの自由な形に戻り始めた2023年頃から、ドラマ業界にて様々な形の「日本と韓国のコラボ」が急速に増えている。

ここでは、実は「コラボ」とは言えない従来型の「韓ドラのリメイク」から、最近増えている日韓共同制作まで、違いを整理してみた。

韓ドラリメイク

まず、「冬ソナブーム」以降から続いている、韓国ドラマの日本でのリメイク。

これまでは、主に日本の放送局が「韓ドラブーム」に便乗する形で、話題性・最低限の視聴率確保を目論んだような安易なリメイクが多く、韓ドラファンとしては正直、「元の作品の魅力を全く理解していない」「うまく作らないならリメイクしないで」というのが本音だった。

この場合、韓国側はあくまでリメイク権などの権利を販売するだけであり、リメイク版の日本ドラマ制作にはノータッチなのが一般的だ。権利を販売した=現地にお任せ」なのであり、どのように作るか?や制作のクオリティなどには、韓国側は口を出すことがない。

「権利だけを売ってノータッチ」という意味では、最近、韓国ドラマのリメイク権だけではなく、韓国のウェブトゥーン(ウェブ漫画)の原作の映像化権を購入して日本ドラマを制作するケースも増えている。

韓国俳優の日本ドラマ出演

続いて、韓国人俳優が日本ドラマに出演するケース。

以前から、ウォンビン、チェ・ジウなど、人気の韓流スターが日本ドラマに出演するケースはあったが、特に、2024年のTBS「Eye Love You」では、チェ・ジョンヒョプがついに韓国人俳優として初めてゴールデンタイムの連続ドラマで主役を務めた。

この場合は、あくまで俳優事務所と日本の放送局・制作会社との契約であるため、韓国の制作陣等の関与はない。

ただし、この後に述べる「日韓共同制作」の場合に、その意義をより明確にするために、ほとんどの場合、韓国俳優の出演がセットとなる事が多い。

ちなみに、こぞって俳優たちが日本ドラマに出演する理由は、日本で人気が出れば、ファンミーティングやグッズ販売などで大きな収益を得られるからだ。

実は韓国では、日本ほど俳優のファンミーティングにお金を払わないし、人が集まらない(大スターは別として)。グッズも日本より売れない。

一方で日本は、人口が多い上に、韓国ファンミよりも高いチケット料金でも人が集まり、グッズも売りやすい。ファンも礼儀正しく、トラブルも起きにくいので、俳優本人たちもやりやすい。

俳優の所属事務所にとって、日本でのファンミーティング・グッズ販売は非常に魅力的なビジネスチャンスなので、日本での認知度を高めるために、場合によっては、韓国よりギャラが低くても日本ドラマへの出演を望むのである。

日韓共同の日本ドラマ制作

そして、コロナ前の「韓流ブーム」時代と比べ、今、最も進化しているのが、日韓共同制作の形だ。

コロナ以前は、日韓共同制作ドラマといえばTBS「フレンズ」が代表的だったが、特にこの数年、様々ケースの共同制作事例が増えている。

また、物語の一部分を韓国で撮影し、そこで韓国スタッフが参加したりするような部分的な共同制作から、脚本家や監督のどちらか、または両方に韓国クリエイターが参加し、作品全体を通して制作に関わる形も増えてきた。

2025年4月に放送開始したテレビ朝日「魔物」では、原案、演出、プロデュースに韓国の大手スタジオSLLのクリエイターが参加している。

テレビ朝日「魔物」HPイントロダクション

しかし、この作品も含め、これまでの共同制作で共通していたのは、あくまで日本の放送局が中心となった共同制作であったこと。

作品を世に出す舞台の”主人”は日本の放送局であり、当然、日本ドラマの制作のプロであるわけなので、作品ごとに日韓クリエイターの役割や関与度は異なったとしても、やはり最終的には日本の放送局のスタッフが主導権を握る形が自然だ。

つまり、ここまで整理すると、一般的な「リメイク」や「俳優コラボ」では、韓国の制作会社等の関与は一切ないことはもちろん、「共同制作」とうたっている作品でも、これまではあくまで主導権は日本の放送局にあった、ということだ。

”私の夫”日本版の座組みの新しさ

一方、今回の「私の夫と結婚して」日本版の注目すべき点は、「売ったら終わり、ノータッチ」の既存リメイクとは全く違うことはもちろん、どの「日韓共同制作」の座組みよりも、韓国制作陣の関与度が高いということだ。

私は、最終話10話を見終えた時、作品の完成度の高さを感じると同時に、「これを一体どうやって韓国の制作陣主導で作ったんだ!?」というのが気になりすぎて、その後すぐに表示された長いエンディングクレジットに思わず釘付けになってしまった。(どのシーンよりもまじまじと、何度も繰り返してみてしまった 笑)

クレジットを見て感じたのは、想定したよりもずっと韓国スタッフの比率が高く、日本人スタッフの名前が出てきたのは、脚本家以外には、撮影(カメラ)監督、助監督など、ほぼ制作の実スタッフパートのみ。

ポストプロダクション(編集以降)に至っては、Netflixオリジナルを多く手掛ける会社がVFXを手掛けるなど、韓国現地で行ったことが推測でき、日本のドラマであるにも関わらず、韓国ドラマのクレジットを日本語で見ているような気分だった。

もちろん、クレジットからだけでは計り知れない部分もあると思うが、これまでのどの日本ドラマ制作よりも、韓国制作陣が深く関わり、主導した作品であることは間違いないと感じた。

ポイント①韓国主導の”ドラマ企画”

まず、今回私が個人的に最もドラマの成功の可否を分けたポイントだと思うのが、ドラマの「企画」部分だ。

ここには、韓国版を手掛けたスタジオドラゴンの名前と、韓国版も手掛けたプロデューサー陣の名前が並ぶ。

CJ ENM Japanの名前があるが、同社の事業領域や日本語が流暢な韓国人スタッフが多いことから推測するに、企画はあくまでスタジオドラゴンが主導し、同社は日本スタッフとの橋渡しやビジネス周りをサポートしたものと想像できる。

「そもそもドラマの企画って何?」「脚本になる前のアイディア?」と、ピンとこない方も多いかもしれないが、私が韓国ドラマの制作の仕組みを長年研究しながら、韓国ドラマがここまで面白く進化した大きなポイントだと考えているのが、この「企画」部分だ。

ドラマ制作の世界においては、原作やアイディアの種を、どんな形で作品化するのか?他のドラマと何が違うのか?どのようなプラットフォームで出すのか?といった、いわゆる「ドラマの戦略・制作方針」を固めること。

そして、それに従って、先に台本を数話分制作することを韓国では「企画開発」と呼ぶ。場合によっては、ここに「どうやって収益化するのか?」といったビジネス戦略まで含まれることもある。

韓国では、企画開発を専門的に行う「企画プロデューサー」が中心となりながら、脚本家といっしょに編成や制作が決まる前からお金と時間を掛けて、アイディアを具体的にしていき、方針を固め、台本数話分を制作する。

実際に制作フェーズに入ると、制作そのものは、制作プロデューサーがメインで行うため、企画プロデューサーは「企画開発」部分をメイン業務として、複数作品を同時並行で扱う。これにより、企画部分の専門性も高まりやすい。

先に紹介したNHKのドキュメンタリーにおいても、取材陣が「最も大きな日本ドラマとの違い」として、この点に最も着目をして密着を行った。

企画プロデューサーなど、韓ドラ制作の裏側も解説したMisa書籍

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日本ドラマの場合、企画というのはあくまで、プロデューサー個人が編成部に提出する「企画書」を作る程度に留まっている場合がほとんどで、編成が決まる前(=作れるかどうかわからない状況)で、先にお金や時間を掛けることは多くない。(近年、韓国の事例を受けて、日本ドラマでも韓国式の企画開発が一部取り入れられつつある点は、個人的に非常に嬉しい)

また、プロデューサーは基本的に、企画から制作まですべての過程に関わるため、同時に複数作品を並行することはなかなか難しく、必要なスキルの違う「企画」と「制作」それぞれの専門性は高めにくいと言えるかもしれない。

今回、この作品においては、特に「ドラマの戦略・制作方針」が非常にしっかりと練られていたことが、責任プロデューサー、ソン・ジャヨン氏の各種インタビューからもわかる。

韓国ドラマが海外で制作される場合、たいていはリメイクという形になりますが、『私の夫と結婚して』の日本版は、韓国版の撮影前から企画されていました。リメイクではなく、日本版のオリジナルドラマです。我々にとっても新しい試みであり、大きな挑戦でした。K-POPで試みられたように、K-ドラマも韓国が企画し、現地で制作される形がK-ドラマの境界を広げることにつながるのではないかと思います。(韓国での制作発表会より)

と、この「日本版プロジェクト」の狙いを説明したうえで、

韓国版が、すぐに感じられる痛快さや“サイダー味”“マーラー味”(=強烈な刺激)のような、直接的な面白さにフォーカスしていたとすれば、日本版は人物同士の関係性や心理、深い感情を描ける方向で企画

日本版の特徴的な設定は、主人公の運命を“人生のシナリオ”という形で見せるという点。人生を舞台と見立て、これまで一度も主役になったことのない女性が、再び人生のチャンスを得て、主役の座を取り戻そうと奮闘する設定

といった、具体的な作品の方向性についても説明している。

こういった明確な企画・コンセプトがあったうえで台本を制作するのと、なんとなく脚本家に任せるのとでは、全く出来上がりが異なる。

業界は違うが、私自身も長年「企画」に携わってきた経験から、何かを作る時、実際に作り始める前に、このような「企画」や「方針」をしっかりと固めることが、もっとも結果物の成功の可否を左右する、という実感がある。

ちなみに私は、韓国版を最初に見たときにも、「この作品は特に企画が優れている」と感じたのを覚えている。

ともすれば、日本の「昼ドラ」、韓国で言う「ペントハウス」のような「ドロドロ」な”マクチャンドラマ”にもなりそうな原作を、パク・ミニョンという、過去にはヒット作も生み、未だに一定の”トレンド感”も兼ね備えた、演技力のある俳優をキャスティングし、スタイリッシュに仕上げた点が絶妙だと感じたのだ。

私はこのタイプの作品を勝手に「マイルドマクチャン」と分類しているのだが、この作品の成功以降、韓国では「その電話が鳴るとき」など、類似のタイプの作品がトレンドの一つとなっている気がする。

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ポイント②ベテラン脚本家&監督

次に、こういった明確な企画を実際に形にする、脚本家と監督の存在だ。

私はコロナ禍以降、「日韓共同制作ドラマ」と謳われたものについては、今回のように「どんな座組み、役割分担になっているのか?」を調査し、特に韓国側の関与度が高いものについては、実際に視聴してみたりもした。

しかし正直、これまでの事例では、作品の完成度に大きな影響を与える脚本家、監督については、日韓どちらも、「現在それぞれの国で第一線で活躍しているクリエイター」であったケースは、ほとんどなかったように思う。

特に、韓国側のクリエイターについては、実績があったとしても、すごく昔のヒット作で、韓国では今や”過去の人”だったり、「なぜこの人が、このジャンルを?」と思うような、組み合わせの不一致など、韓国クリエイターたちの実績や特徴まで知り尽くした”韓ドラオタク”としては、座組みを見た時点で、よい作品が出来上がるイメージが持てないケースが多かった。

そういう意味で、今回、アン・ギルホ監督がこの作品の演出を行う、というニュースを聞いたときには本当に驚いたのである。韓ドラ好きなら名前を聞いただけで名作を期待してしまうほどの監督であり、何なら、韓国版の監督よりも有名なのだ。

韓国では、名作サスペンス「秘密の森」をはじめ、数々のヒット作の演出を手掛け、2022年に世界的なヒットを記録したNetflixオリジナル「ザ・グローリー ~輝かしき復讐~」でも、人物の感情線上手く表現するような繊細な演出が光った。

つまり、おそらく、これまで日韓共同制作に関わった監督の中でも、最も実績のあるトップラスの監督、と言っても過言ではないのだ。

特に「ザ・グローリー ~輝かしき復讐~」後、グローバル向けの韓国作品だけでも、引っ張りだこだったであろう監督が、なぜあえて、日本ドラマの演出を引き受けたのか。

ここは完全に個人的にな推測ではあるが、もしかしたら、2023年「ザ・グローリー ~輝かしき復讐~」シーズン2公開後に取り沙汰された、監督自身の過去の暴力事件により、韓国国内ではしばらく、活動自粛的なモードになっていたことが、少なからず影響しているのではないと思う。(この件は監督自身が疑惑を認め、被害者への謝罪を発表している。”グローリー”がいじめを扱った作品だっただけに、当時韓国では大きく報道された)

作品選択と、この件が直接関係しているかはわからないが、少なくとも、ここ10年は毎年1作品以上、韓国国内で作品を手掛け続けて続けてきた実力派の監督が、環境を変えて新しいチャレンジをするのには、良いタイミングだったのだと思う。

今回、「私の夫と結婚して」日本版ならではの魅力の一つである、「繊細で深い心理描写」は、まさにアン・ギルホ監督の得意な部分であり、ある意味、韓国版よりも一層進化した演出が見られたのではないかと思う。

しかしながら、いくら優れた企画、監督が揃っていても、やはり作品のキモは「脚本」だ。

今回、すでに韓国でヒットしたドラマがあり(=韓国語の台本はある)、脚本家と二人三脚が欠かせない企画プロデューサー陣も韓国版の担当者たちが関わるという状況で、やりやすさを重視すれば、韓国脚本家が書いたものを日本向けに翻訳したり、少しアレンジするということも考えられただろう。

しかし、そうではなく、しっかりと日本の脚本家の単独執筆という形を取ったこと、しかも大河ドラマや週末ドラマなど実績のある脚本家を選んだというのは、やはり先に述べた「リメイクではなく、日本版のオリジナルドラマを作るのだ」という明確な戦略に基づいたものと言える。

日本版を視聴しながら、本当に感嘆したのは、単なる設定などを”日本っぽく”したという水準ではなく、キャラクターの設定や行動、セリフ一つ一つが、韓国版とは全く違う、”日本的な情緒”を随所に感じたことだ。

また、全体的に刺激的なサスペンスドラマというより、主人公の成長や変化を描くヒューマンドラマ的要素が多く感じられたのも、脚本を手掛けた大島里美氏の経験値からくるものだったのだろう。言葉の壁を超えて、日本の脚本家と韓国のクリエイターたちの素晴らしいシナジーが生まれた結果、日本的な情緒と韓国的な良さが上手く組み合わさった脚本に仕上がっている。(ここは別記事でまた深堀したい)

ポイント③これらを可能にした”配信オリジナル”という場

最後に、これらの座組みが今回、なぜ可能だったのか?を考えてみると、やはりこの作品の公開が、これまでのように日本のイチ放送局の連続ドラマとしてではなく、Amazonプライムという世界配信できる動画配信プラットフォームのオリジナル作品だったから、ということが前提となる。

放送局の連続ドラマとして、リメイクや共同制作を行う場合、多くの場合、その放送局で放送して終わり、となってしまいがちだ。すると自ずと、そのドラマに掛けられる制作費も限定的になってしまう=トップクラスやベテランのクリエイターで制作することは難しい。

しかしこれが、最初から世界同時配信を前提にしている動画配信プラットフォームなら話が変わってくる。

日本のAmazonプライムオリジナルの制作費がどれくらいの規模感なのかは具体的にはわからないが、少なくとも、近年なかなか厳しいと言われる放送局の制作費を上回る金額がかけられたのではないだろうか。

結果的に、「日本ドラマ」として、日本のドラマファン、日本の韓ドラファンに受け入れらただけではなく、先に紹介した通り、アジア圏、そしてフランス、オーストラリア、ブラジル、メキシコなど26カ国でトップ10入りを果たすなど海外でも人気を博すという成功を果たした。

興味深いのは、韓国版「私の夫と結婚して」も、放送と同時にAmazonプライムを通じて世界に配信され、同じようにアジア圏以外の欧米などでもランクインした実績があることだ。

今回、私のような先に韓国版視聴済みの人でも、「全く別の作品として楽しめる」という新しい体験ができたことが感動的だったのだが、世界の国々でも同じように韓国版ファンが楽しんだケース、逆に日本版をきっかけに韓国版を見るという流れも起きているのかもしれないと考えると、ビジネス観点でも非常に意義のある成果だと思う。

この成功が今後に与える影響

韓国側の視点

この成功は、今後の韓国側の日本現地戦略にどのような影響を与えるのか。

すでに、「面白いドラマといえば、動画配信サービス(OTT)の作品」という認識が定着している韓国に比べ、日本では、まだまだ放送局の制作する「テレビドラマ」が主流だ。テレビで放送されるからこそ、日本で多くの視聴者に見てもらうことができる。

また、制作においても、制作会社やスタジオが中心の韓国と比べ、日本ではまだまだ放送局自体が制作主体となり、スタッフまで抱えているケースが多い。

だからこそ、韓国のクリエイターたちが日本進出をしたいと考えた時に、各放送局の門戸を叩く、というやり方を避けて通ることはできなかった。

しかし、今回のようにAmazonプライムやNetflixといったグローバルに作品を流通させることができる動画配信プラットフォームでの公開を前提として、韓国側が主導権を握りながら、作品の特性に合った日本人のキャスティング、脚本家、監督、制作スタッフに声をかけ、日本ドラマを直接制作をすることが当たり前になっていったら・・・

日本のクリエイターたちにとっても、放送局以外の選択肢ができることにもなる。

もちろん、作品の成功にこれが正解、という方程式はない。一件、どんなに良い座組みであったとしても、その成功は様々な要素や運やタイミングにも左右され、韓国国内のドラマでも、期待を集めた作品が全く受け入れられなかった、ということも頻繁に起こる。

ただ、韓国クリエイターたちのすごいところは、「果敢にまずは新しいことをやってみる」「とにかくどんな状況でも足を止めない」という姿勢だ。

ここ数年、日韓コラボの動きを注視していたが、正直、「日韓共同」をうたうだけで、なかなか純粋にドラマファンとして面白いといえる作品は生まれていなかった。

個人的にも、日本と韓国では、仕事のスピード感や進め方も全く違い、協業やコミュニケーションが思うほど簡単ではないことは身にしみているし、「”取り組むのも早いが、見切るのも早い”韓国の人たちが、どこまで日本での現地制作に関心を持ち続けるだろうか?」という疑問もあった。

しかし、ここに来て、韓国側が主導した日本ドラマが、日本はもちろん、グローバルでもヒットを記録。
これはやはり、今後の韓国側の海外戦略に大きな影響を与えることは、間違いないだろう。

「私の夫と結婚して」日本版が歴代1位の視聴数を記録したというニュースが出た後、韓国では改めてソン・ジャヨンPDのインタビュー記事が公開された。

今回の経験を土台に、より積極的に海外協業を推進していく計画だ。海外協業をシステム化すれば、さらに体系的に作品づくりを進められるだろう。

今後最も気になる市場はアメリカ。映像産業で影響力と象徴性があるハリウッドに進出してみたい。(2025.08.07.イーデイリー記事)

と、抱負を掲げており、視点はすでに日本だけでなく、本丸のアメリカでの現地制作にも向けられている。

なお、実はこの、最終的にはアメリカでの現地制作を目指す戦略は、すでに何年も前からずっと彼らが掲げてきたものである。

「韓国ドラマを海外に届ける」だけではなく、自分たちの「制作ノウハウ」を海外に展開し、現地でドラマを作るのだ!という戦略は、最初に聞いたときは「果たしてそれって可能なのか・・?」と半信半疑だった。

しかし今、すでにアメリカでも現地制作プロジェクトは進行されているし、日本ではこのような成功事例も生まれ、次はアメリカでも大きな現地制作の成功事例が生まれる日もそう遠くないかもしれない。

これこそが、「チャレンジし続ける」「足を止めない」彼らの強さだと改めて思う。

韓国制作陣たちの意識

そもそも、韓国制作陣が、ここまで海外に目を向ける理由はなにか?

一つは、韓国のスタジオ、制作会社が今、非常に「収益性」を重視しているからだ。
ここを詳しく語りだすと大変なので、今回の「リメイク」ということだけに限って説明すると、先ほどのソン・ジャヨンPDのインタビューにも、このような発言がある。

「単に版権だけ販売してリメイクドラマを制作すれば私たちの資産にならない。企画段階から私たちが直接作らなければならないと考えた」

最初に説明したように、従来型の「リメイク権の販売」だけでは、正直大した収益にならない。

自分たちが直接制作し「資産」とすることで、作品そのものを広く販売したり、2次的な展開も可能になるのだ。当然、実際には100%資産というより、配信プラットフォーム側との配分等も発生することは考えられるが、リメイク権を販売してしまうだけと比べ、ビジネス拡大の可能性は格段に広がる。

ドラマを制作する人たちが、ここまでビジネス感覚を持ち、収益性を強く意識していることも素晴らしいが、一方で、私は普段から、直接韓国の制作陣たちと定期的に話をしていて、彼らの本当のモチベーションは別のところにある、と感じている。

それは、「制作者として、多様な経験を積みたい」「自分たちの力を海外でも試してみたい」という純粋な欲求だ。

先ほどのインタビューでもまさに、ソン・ジャヨンPDが以下のように述べている。

「著作権だけ販売するより収益性が良いだけでなく、制作陣が多様な経験をすることができるということも大きな利点

特に日本に関しては、「日本ならではの感性が好き」「自分も好きな日本で、作品を作ってみたい」というモチベーションを持っている韓国クリエイターたちも本当に多いのだ。

日韓コラボレーションは、ある意味、ややブーム的な動きになっている状況だ。

だからこそ、「これまでにない良い作品を作ろう」という高いモチベーションで、十分にお互いの違いを理解し、強みを活かしながら、切磋琢磨できたプロジェクトだけが、日本そして海外の視聴者にも新しい感動を与える作品を生み出せるのだと思う。

この作品をきっかけに、ドラマにおける日韓コラボレーションがより一層進化し、それぞれの良さを活かした面白い作品が生まれることを期待したい。

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カバー写真:© 2025. CJ ENM Japan/ STUDIO DRAGON all rights reserved